みなさんからのしつもんにお答えします。(代表的なもののみ)

※昔(むかし)=「北海道開拓の村の建物(たてもの)がたてられたころ」として回答しています。
もっと詳(くわ)しい答えが必要な場合は、ご連絡下さい。

質 問:北海道という名前はいつから使われているのですか?

 北海道は以前、「蝦夷地(えぞち)」「蝦夷が島」などとよばれていましたが、明治2年(1869)8月15日に蝦夷地を「北海道(ほっかいどう)」と呼ぶことが決められました。


質 問:昔の人はどんな服を着ていましたか?

 着物(きもの)や羽織(はおり)、浴衣(ゆかた)、袴(はかま)など和服が多く着られましたが、シャツ、ブラウス、ジャケット、ズボン、スカートなど洋服も着ていました。


質 問:冬の間は何をしていましたか?

 寒(さむ)さや雪(ゆき)のため畑(はたけ)で作物を作ることができないので、開拓(かいたく)が始まったばかりの頃(ころ)は、家のなかで「わらぐつ」や「ぞうり」、「わらじ」などを作ったり、山に入って木を伐(き)り出したり炭(すみ)を焼(や)いたりして働(はたら)いていました。


質 問:昔はテレビがなかったのですか?

 はい。開拓の村の建物が建てられたころはまだテレビはありませんでした。人々(ひとびと)は新聞(しんぶん)や手紙(てがみ)、人から伝(つた)え聞(き)く話に情報(じょうほう)の多くをたよっていました。



質 問:北海道ではお米を作れなかったと聞きましたが、本当ですか?

 北海道に住む人々は江戸時代(えどじだい)よりお米作(こめつく)りに挑戦(ちょうせん)していましたが、寒(さむ)さのために何度(なんど)も失敗(しっぱい)しました。明治時代(めいじじだい)に入ると稲(いね)の栽培(さいばい)が禁止(きんし)された時期(じき)がありましたが、食べ物としてのお米だけでなく、草鞋(わらじ)や草履(ぞうり)などの履物(はきもの)や、縄(なわ)やむしろなどの生活に欠(か)かせない道具(どうぐ)の材料(ざいりょう)である藁も必要でした。
  そして、努力と工夫を重ねた結果、北海道でも安定して稲を育ててお米を収穫することができるようになりました。



質 問

 

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